| モノクロ | イラスト | デザイン | アート | グラフィック | イラストレーション | 墨 | 白 | 黒 | hanamuke |
TopLIFE'; } else { print 'LIFE'; } ?>

2011年3月17日

One week passed。

このたびの東北地方太平洋沖地震により
被害を受けられた被災地の皆様に、心からお見舞い申し上げます。
また、皆様と、皆様のご家族のご無事を東京からお祈りしています。
 
東京は混乱に上塗りした混乱が続いていますが無事にしています。
最低限の食料やライフラインでも何とかやっていける範囲です。
遠方から心配の連絡を下さる皆様に感謝を。有難う御座います。
 
 
今日動ける者は、明日ではなく明後日のことを考えよう。
 
今日動ける者は、自分の足で身近な者の不安を取り除くために動こう。
 
今日動ける者は、大切な者を失くさない努力では無く、増やす努力をしよう。
 
 
東京近郊のかたがたへ。 

東京は経済、物流、人口、日本の全ての中心です。 
大企業がこぞって業務停止をしている中、
不満を言わずに今も尚働き続ける中小企業の方々の勇気に感謝を。
 
他人に冷たいと言われる街が、今こそ何をすべきか考える時です。

買い溜めしてる馬鹿に便乗している場合じゃない。
何かに不満や文句をひとつ言う分、募金やできることをひとつすべきだ。
 
生活を守られている僕らが今すべきことは、
今日や明日のためではなく、大切な人の一年後を護り通す努力です。
 

2011年1月25日

静観。

世界が狭くなってしまったのは、
広がり過ぎた欲望の裏返しの所為。
 
いつまでも開封されない手紙は、
パンドラの箱の様ではないことを知っている所為。
 
追伸。

インフルエンザA型にやられました(10年ぶりくらいなのですが)。
流行っていますので皆様お気をつけ下さいませ。。。
 

2011年1月 2日

re:re:re。

喉の渇きが癒えることが無くても手に入れるだけの人生です。
  
叩きのめされることに抗わない無い運命を選択出来るだけの強かさです。
 
実り多き一年に。
ここでこそ奮発、活かす一年に。
 
「忘れたくない スタートした瞬間にだけ見えるゴールを。」
 
「思い出したい つまずいた瞬間にだけ与えられるエネルギーを。」
 

2010年11月23日

divergence memo。

拝啓、過去に置いて来た皆様方。
 
-----------------------------------------------------
 
長年の探し物を漸く見付けられました。
 
此の13年で起こった3つの事件によって乖離した、
其れはずっと自分と一緒に在ったことを、
この愚か者は13年という月日を以って漸く見付けた次第です。
 
答えは自分で見付けるものというけれど、正しくその通りで
偶然か必然か、真実と対峙する機会は多々恵まれていた筈だったのに、
その度にどんな審判が居ようが決して受け入れずに避けて通ってきた。
 
腐食されて潰れてしまう前に、朽ち果てる前に、
その都度己から切り離して進んできた。目を瞑って力任せに足だけを進めた。
それしか方法がなかなかったとしても、
そう、あまりにも巧く、ズルをしてきた。できてしまった。 
 
ところがそんな中で生きるために、依代とした世界がその命を救ったが
その世界の住人達自身の手によって世界が崩壊したとき、依代自体の存在も危うくなった。
結果、真実がさらに歪曲してしまった。
 
誰も認識できないものは存在できないから、
何よりその依代を求めたのは誰でも無く自身だったのだから、
認識しなければ依代も存在できなくなった。
 
何を恨むでもなく、何を恨めるでもなく
空白に歪んだ一点を睨んで歩いた結果、
この方向音痴は余計に迷子になって居たようです。
 
-----------------------------------------------------
 
此れまでが自身の糧の為の人生であったならば、
此処からは誰でもない自分自身の人生になるでしょう。
何もかも失くしたこの人生の、ここからが分岐点となるでしょう。
 
ようやく裸足で歩いても痛いと思えるようになった道のりです。 
この13年を取り戻した心は、より強固なものになりました。
 
その辺に転がる輩と比べても
この若輩者が並大抵なことでは揺るがない強かさを手に入れてしまった事に、
因果という言葉や道中出遭った悪魔にさえ感謝をしています。
 
1年ほど筆を休ませて居ますが、描きたくなったらきっとまた描くでしょう。 
たぶん、今までで一番好い顔をしていると思うから、もう大丈夫。
 
有難う御座いました。心から御礼を。
 
MASATO KOIZUMI
 

2010年11月 7日

supernova。

supernova



独りよがりな幸せを見付けた。



名前は未だ無い。


2010年10月28日

刀と鞘。

本来、其処に収まるべき処で、
収めきれることにこそ意味が在るのならば
 
本来、其処に収まるべきではない処で、
収まりきらないことにほど欲情する
 
「真価」と書く価値ってのはそういうものを指す。
 
そういうものを愛す。愛される。
 

2010年10月27日

rhythm。

秒刻みでスタートを刻む。
 
欲しいものほど手に入らぬのなら
機会を捉える視力だけは失くさぬ様
足元ばかりを見続けないことだ。
 
分刻みでスタートを刻む。
 
手に入れたものほど溢れてしまうのなら
後悔の一片を忘れて終わぬ様
利き腕ばかりを使い続けないことだ。
 
時刻みでスタートを刻む。
 
要らないものだけが積み重なるのなら
希望の絞り粕までも棄てて終わぬ様
自身の心を責め立て続けないことだ。
 

2010年9月26日

triangle。

triangle



「今が楽しくなくてはならない。」
「今が楽しくなくては、来年も、その先も楽しくは無い」


何かを手に入れて囲い込んでは、捨て、囲い込んでは、捨てる、
パズルのピースを集めるような生き方では、いけないんだ。


人の一生なんてものは、
ひとつ作り上げたら飾っている余裕は無く、
ひとつ作り上げられる保障ですら、ないのだから。




2010年5月31日

片腕のセカイ。

ほんのすこしの未来のために
 
ひとの守れる世界はたった半径片腕の長さだ
 
そこで死んでもいいくらい手を伸ばしたっていいじゃないか
 

2010年5月30日

Who's love sharing?

時間が何かを解決することはないし 
時間が何かを与えてくれることも無い
 
自分の命を賭して何を得られるか
自分の命を賭して何を共有できるのか
 
何処にその価値を見出すのかで
世界は敵にも味方になると常々想うのです。
 
日々が勉強ですと云える心意気には程々遠くて青いが、
未だ未だ此処でくたばる訳にはいかないのです。
 
Who's love sharing?
Where's love sharing?
 
その愛は誰と繋がっていますか。
その愛は何処と繋がっていますか。
 

2010年5月 4日

拝啓黄金週間様。

なんちゃって自画像

拝啓、親愛なる皆様方。



顔を見せに帰って来いと言って頂けることを大変嬉しく想っておりますが、
多忙につき、ブログでのなんちゃって自画像と御挨拶で失礼致します。


見上げたらきりがない、見比べれば隣の芝生は青過ぎる、
そんな人生ですから、もう暫くの間、何と勝負しているのか此処で見極めたいと想っております。


ひっそりと命を懸けて、じっくりと自分の時間を生きることに専念する次第です。



2010年4月12日

春一番。

桜2010

さがしものは見つかりましたか。



あのころのまま、春待つ雪は溶けないそのままですか。



あのころのまま、春待つ心は溶けないそのままですか。



2010年4月 4日

虚心坦懐。

思っているよりも自分にとっての当たり前は他人にとっての当たり前ではないということ。
 
思っているよりも他人にとっての当たり前は自分にとっての当たり前ではないということ。
 

2010年4月 3日

装備品。

くだらないことをくだらないと証明できる力。
 
すきをきらいにしない時間。
 
生にに対してわがままである規律。
 
そしてそれを誰に対しても裏切らないこと。
 

2010年3月21日

unconditional love。

一生のうちで感じられる「怖い」という感情。
 
失うことを知らない心の杯に並々注いだそれを「怖さ」と呼んで、
いったいどれだけ不器用になれば赦されるというの。
 
闇雲に注いだ純度の低い雫を何に見立てて、
一気に飲み干すは誰(だ)がため何のために。
 
飢えることと欲することは違うのだと
嗚呼、其れを分かつ杯の大きさはなかなか番にはならないもの。
 

2010年3月 4日

デパ感。

白の余白を汚さないのが_。
 
白の余白を巧く塗り残すのが_。
 
白の余白をらしく見せるのが_。
 
白の余白を盗んでくるのが_。
 

2010年2月17日

Q&A。

年を重ねると、何処かの、誰かの、
何かの所為にしなくなるかわりに原因を見付け易くなる。
 
与えられた問題を解く側から、解かせる側に回ったとき、
大人かそうじゃないかぐらいの判断ができてしまうようになったことに、
最近少し寂しさを覚えます。
 

2010年2月16日

home。

唇から洩れる優しさに似た嘘とか
 
日々軟体化していく心の音とか
 
それでも赦される浅知恵の世界で
 
帰る家と描ける温度は同じくらい
 
本物を頂戴。生モノでも好い。
 

2010年2月15日

師走レタ。

すごく当たり前なんだけれど人の名前だとか出来事だとか、
年を喰うにつれて物忘れが酷くなってきた様な気がしていたけれど、
それだけの理由では無いなと日々思う訳で。
 
苦しい想いでようやく創り出したものも、
悲痛な涙を綴ったお涙頂戴話でさえも、
夢も現も一瞬で喰い尽くして
次から次に移っていく蝗の大群の後姿を眺めて落胆する。
 
去年一番心を躍らせた出来事はなんでしょう。
去年一番心を満たした歌手の名前はなんでしょう。
去年一番心を動かした話をしてくれたのはだれでしょう。
去年一番心を潰された事件はなんでしょう。
 
即答できない場合、
 
生きているその理由を何かに委ねて、
いつの日か年老いて視力が衰えていっても
確かに残るものは一体なんなんでしょう。
 
刺激に刺激を重ねた鈍い、時折痛みさえ感じるその皮膚感覚に
圧倒的に確かな心はその一体何処にあるのでしょう。
 
与えるのも与えられるのも
どうやっても其処には人しか居ないもの。
 
焦がれ焦がれてさ、
そこじゃないいここで生きていくの。
 

2010年2月13日

bookmarks。

淡い桃色の鼓動と崩れた宛名の無い手紙
 
サンダル履きと火薬と朝が焼ける匂い
 
紫と橙色の境目を割って伸びるテトラポッド
 
雪粒の落ちる音も聞こえない足跡の真空
 
 
そんな景色に感けていたらいつしか2月になっていました。
 
 
越えたい景色が越えられると思った瞬間
 
越えたい景色が越えられてしまったと焦る瞬間
 
褪せてしまう想いが勿体無くて。歯痒くて。
 

2009年11月 7日

困ったように笑う理由。

「歌詞の無い歌を歌う歌人の心模様」。
 
数年探していた問いへの答えを見付けられた。
 
探しちゃいけないものを探しているのかもしれない。
 
先ずそこからだ。
 

2009年11月 5日

ネロ。

例えるなら
 
大切な靴を「履き潰してしまいそうな怖さ」と「履き潰す勇気」の距離
 
穴の空いたポケットの「穴の大きさ」と「落としたものの大きさ」の形容
 
磨き上げた指輪の「磨り減った傷の数を数える時間」と「繊細な光の屈折」の光の見得方
 
ひとつだけしかないのだから
 
ひとつだけしかないのなら
 
ひとつだけでもよかったから
 
覚悟の頃合は仕合せの其れと同意義だと感じました
 
不幸せのようで幸せの言葉の羅列、言葉遊び
 

2009年9月24日

「」。

物語はエピローグ、本編、エピローグ、あとがきにて締められる。

当然の事ながら物語は唐突に始まって、そして唐突に終わる。
いや、蛇口から流れる水のその刹那に見る瞬間と同じように、
其れはどこからが始まりかだなんて愚問の極みであり、またそれを外しては興じられないもの。
 
つくづく思うことだが、人の世には代えられない娯楽の代物。
人の生にはプロローグのプロローグ、エピローグのエピローグが、ある。
あとがきは存在しないし、結果という評価であるだけのこと。目次もまた同じ。
 
白紙の行間にこそその文字の因果があって、文字が白紙の行間を生んでいるのではない。
その白紙の行間が文字を浮き彫りにしている。
 
個人的には文字の造形は選り好みするが、さして文字の形状には興味が無い。
人は文字ばかりを求めてしまうと弱い生き物に成り下がるからだ。
ましてやその行間の空白を保つために文字を選ぶのは更に酷いと思っている。
けれどもそういった類の「物語」を知る機会は事実多くなっているし、より「バカ売れ」するらしい。
 
 
誰に薦められるわけではなく、たまたま手に取った物語だから僕を幸せにした。
それ以外のものを取っても、きっとそれはコーナーが違うだけできっと同じく幸せにした。
極論、それはたいした選択肢ではなかったことだと、そうエピローグには記すだろう。
 
書店よりも図書館、個々の本棚に置いてあるものを望んだ。
事実、当時よりも更に書店に並んでいるものに余り興味が無くなってしまった。 
 
書き手が増えたり減ったりしたのが原因かもしれないが、
それをようやく自覚できるようになったのは、
これを形成する年月とその因果の真理、
名前を覚えてくれている友人の記憶と、その記憶にいるであろう僕個人の意識。
 
気付いたところで、そろそろこの人生もまた、
「ひとつの物語を終わらせる頃合かと考えている」
と作者は言わせるかもしれない。
 
そう感じている。
 

2009年9月18日

coelacanth。

髪を切ったら視界が広がると思っていた。
 
気がつかない間にどうやらそれは、視力自体が落ちている所為だと判った。
 
一体どれだけ季節に置いてきぼりにしたら気が済むのか、この馬鹿は。
 

2009年9月 1日

menu。

おろしバーグ

だれのためなの。なんのためなの。



頼んでないじゃ済まされないよ。頼まなかったんだろ。



もうね、冷めないうちに食われてしまえ。



2009年8月30日

world end。

肩まであったくるくるパーマを、
投票帰りに気紛れでバッサリとやりました。
(失恋とかそういう類の正当な理由が残念ながら見当たりません)
 
視界が広がってバサバサ云わんので
三年振りに頭が非常に軽い。
 
何だかな、ミッシェルの曲が余計にしっくりくる一日。
 
ちょっとゆるやかに だいぶやわらかに
かなり確実に 変わってゆくだろう
 
崩れてゆくのが わかってたんだろ
どこか変だなと 思っていたんだろ
 
何でもかんでもちょっと極端過ぎやしないか
 

2009年8月14日

差異の目。

1の目を出したときに想うことと
6の目を出したときに想うことはやっぱり違うんだよな
 
1の目を出してその投げ方を悔やんだところで
6の目を出したらその目に満たされることは無いのだから
 
或る人は云う 君は滅びたのかと
或る人は云う 根拠も無く生きていると
 
連れてってくれないか
連れ戻してくれないか
 
可能性を肴に還る酔える水 
 

2009年8月13日

暑中見舞われ。

きれいに半年周期でヘタれる生身の身体がうっとおしい。苦笑。
医者に怒られるのも半年に一度の慣例行事。
加えて溶けそうで溶けてしまうこの暑さ。
 
故郷を忘れない理由の一人であった大切な方の訃報も相俟って、
思い出したように濡れながら部屋の大掃除を敢行。
 
日毎に言葉の意味と重さが軽くなっている感が否めませんが、
やっぱりそれでも「活きる」と言い切る器量が必要だと想います。
 
暫らく続いた悠長な夏休みは、此処で終わります。
 
貴方の傍に立つ人に、甘えの無い愛が在らんことを。
 

2009年8月 7日

覚書。

有り得ないという事は有り得ない。
 
打算有りきでもどんでん返る。
単純なボタンだけの電卓は通用しない。
 
与えるではなく築く(気付く)もの。
 
足場が無ければ造ればいいし、
要らないなら切り捨てるのかを選択する。
時にその強かさが必要になるもの。
 
熱かろうが冷たかろうが、
他のその温度を無駄に奪うことと、
自分のその時間を失うよりかは善い。
 
主語を変えられる万能なルールはそれだけ。
 

2009年7月28日

巨大稲荷寿司。

巨大稲荷寿司

携帯電話を故意に捨てた(らしく)、おニューの携帯はデジカメ並画素数のカメラ付き。



雨の日には決まって、よく通るこの神社の扉の前には巨大稲荷寿司が寝ています。



※此処2年程のメモリーが吹っ飛んでおります故、御用の方は携帯まで御一報を。



2009年6月12日

翻訳家の人々。

1或るものを1に再構築する仕事。
 
1或るものを1×1に再構築する仕事。
 
1或るものを2-1に再構築する仕事。
 
1或るものを0+1に再構築する仕事。
 
物事の解釈を計る物差を
如何に持てるかだろうという物差で
より計れる物差を持つ価値が人生に備えられている。
 
其処に引き導く線は
直線でも曲線でも見える物差が或るのならば
それが人の仕事なのでしょうと。
 
そう、思うのです。
 

2009年6月 1日

pledge 5/5。

変わって仕舞う
変われずには居られない
 
忘れ得ない
忘れずには居られない
 
焦がれ焦がれて伸び行く影は
消えたんじゃない消されたんじゃあない
良かれと思って踏んでしまうこともあるでしょう
 
もう一度限りある世界に触れて移り行くだけ
連なる想いは花となり生ける
 
もう二度も限りある世界は触れて崩れ行くだけ
連なる想いは花となり生ける
 
心の厚さから芽吹く
その瞬間の一片を紡ぐ
灯りを絶やさない時間は誰も笑わない
 
腹に一本通ったそれを
約束とか人生とか、そんな風に呼ぶ
 

2009年4月11日

pledge 4/5。

どんなに耐えられない道でも
立ち上がれないほどの痛みでも
靴を盗まれて、足を怪我しても汚しても
 
泣きたいときに誰かが代わりに泣いてくれたから
怒りたいときに誰かが代わりに怒ってくれたから
拍子抜けてその気を失くしてそのまま歩いて来られた
 
帰る場所を虱潰しに壊して
蟻一匹通ることを許さなかった道も
賭けた代償を払い戻さずに生きて来られた
 
人の世に二通り存在する
「世の中の仕組みを造る人間」と「世の中の仕組みを廻す人間」とは
どちらがどうっていういうのはよく解らないが
勝手に結ばれた約束に活かされてるってこともある
 
何かに焦がれて進む道には
たぶん自分から進んで結ぶ約束なんて要らない
器用に出来ない人間にはきっともっと必要無い
 
でもその代わり絵を描くよ
 

2009年3月14日

pledge 3/5。

他人の幸せや自分の幸せには然程興味は無い。
 
何処で何をしているからどうのこうのっていう能書きは、
素晴らしいものであるのなら尚更理解できないし、おそらく其処に魅力は沸かない。
 
正確に言うと、結果としての言葉はどうでもよくって、
その幸せをどうやって感じられているのか、そこへ至った道のりを、
僕の人生が交わった処で、咄嗟に説明できるその言葉や表情が好きです。
 
そうやって時折垣間魅せてもらえる、人生や景色が多分、
僕の作品の描くテーマであり、それを教えてもらったことに対する
僕が描き上げるための身勝手な約束です。
 

2009年3月12日

pledge 2/5。

支払った代価と、その結果は同等では無いし、
学んだものと、それを活かせる環境と機会は平等では無い。
 
だからといってそこで腐ってもいい良い訳には成らないし、
人生は、これまでに歩んだ、学んで手にした手札を、
何処で、どのタイミングで使えるのか。確実に近い効果を発揮するその確立を上げられるのか。
其れを求められている。
 
何も知らない、護られた生活の子供が、
学校で教科書を使って物事を学ぶのは、
人生に算数や英語が必要なわけではなく、
与えられた材料で、如何に問題に答える力を身に付けるためで。
 
ただそうはいっても、
大人になるとその力の使い方、「強(したた)かさ」ってものを、
履き違えて意地汚さと解釈する者も多いのは現実。
 
何かを賭した時に、その賭けで
成功すれば誰かが喜ぶ顔が見られても、
失敗すれば誰かが泣く顔をイメージできれば、
理を失わず、人は幸せに成れる。
 
理や真理ってものの類は、
映画やドラマ、学校や職場などの共同生活の場には
幸せなものしか存在しないように見え、
それを人はなかなか視たがらないものだが、
 
それを忘れなければ、貴方が幸せにしたい誰かは、
きっと必ず幸せで居られるのではないか。
 

2009年3月 8日

pledge 1/5。

僕は、僕のやりたいように創ります。
 
そうでしか、綺麗なものを綺麗なまま再現できない。
そういう作家だと想っています。
仮にプロを否定されても、そういうところは最強のアマでいい。
 
僕は、僕に無い完結された、されるであろう
可能性のあるものに惹かれます。
 
だから、綺麗なものが好きです。
自然や記憶の中の刹那の景色、美しい人や、そう至る心を愛します。
 
無い物は、創ればいい。
それがこの世では未だ赦されていて、僕はこうやって生きていられる。
 
だから、それは僕だけのものではなく、誰かが居る世界。
人間を憎み、人間を愛せる、可能性の在る世界です。
 
目で見られるものしか信じない者が多い世の中なのに、
不確かな「約束」という言葉が多用されるのは、
人の世があらゆる心を失っていない世界だからです。
 
確固たる決意で活きる場合、
其れは「誓約」という言葉に置き換わり、
僕らの結んだ手をより硬くする心に成ります。
 

2009年3月 6日

いいわけ。

_追伸
 
心配していただけること。されるであろうこと。
どんな無理も出来るのは、それを知ることが出来るから。
 
きっと人の世に在る時間の尊さを知り過ぎてしまったから、
自分の身体の使い方ってもんを忘れがちに成ってしまうのだけれど、
いやいや、そう怒らずに無事でよかったって、そう言って頂けたら本望です。
 
だから、ありがとう。
  
神様は見放したりしないし、まぁ、もしそうでも、その時はきっと、
僕が生きることを投げ出したときか役目を果たしたときでしょう。ネ。
 
それまではきっとある意味最強なんですよ俺、紙の上では。
 

2009年3月 5日

小旅行。

急ですが、2週間弱、都内の病院に外泊しておりました。
 
婿入り前にも関わらず切られたり縫われたりしましたが、
昨日めでたくチェックアウトできました。
(話のタイミングで急に話すと怒られるので此処で先に事後報告)
お見舞いに来てくださった方々、ありがとうございました。
 
長年の多忙のツケか、煙草のせいか、
まぁそれでも自分で色々頑張った結果だからしゃーないな、と。
(自分で落ち度無く頑張れたと思うときは、そうないものですからね)
 
窓際の綺麗な景色の部屋で、珍しく雪が見れたり、夜景が綺麗だったり、
読みたかった小説を無制限に読めたりと、なかなか満喫して還って来ました。
というわけで、自分でも以外に元気にしています。
 
しばらくゆっくり過ごして、新しい作品のことなんか考えながら、 
書き溜めておいたブログのネタを、つらつら綴ってみようかと思います。
 

2009年2月15日

前向け。

ひらひらひらと舞い落ちる幸せ。
 
ゆらゆらゆらと揺れていた温もり。
 
「これだけたくさん描きました」
 
そう思い返すには未だ早く、青い。
 

2009年2月 8日

辻咲き。

サクラグラス

春に備えてグラスの水面は一足先の桜模様



君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えない



2009年2月 3日

GAME。

探しても探し切れぬ探し物は
何時ぞやに無くした其れとは似ている様で其れには非ずもの。
 
落としても落とし切れぬ落し物は
何時ぞやに与えられた其れとは似ている様で其れには非ずもの。
 
人生はゲームじゃない。心のレベルと経験値は比例しない。
 

2009年1月22日

デルタ。

「刀」と「柄」と「鞘」。 
3つ揃えられる者は、人の世にどれ程居るものだろう。
 
絆創膏がどれだけあっても足りない気がするのは、
己が業か、はたまた罪か、悪戯に弄ばれているだけか。
 

2009年1月14日

丑。

あけましておめでとうございます。
此処では二ヶ月ほどご無沙汰しておりましたが、元気にしています。
 
昨年は「忙しい」という言葉しか見当たらない一年で、
笑っていられる余裕も無く、身体を壊したり散々な一年でしたが、
何だか色々と溢した分、いつか還って来る様な気がしています。
 
色々と考える機会には恵まれますが、
新年早々、如何に自分が成長してないのかを反省する機会もあり、
「平成」だけに、「平ニ成ル」一年を努めたいなと想っています。
 
「忙しい」「頑張る」「無理をする」ようなことで、
何かの機会を捉えられるチャンスが巡って来たとき、
それを逃すことの無い様、常に平らを保ち居られる様、
心掛けられる確実で堅実な一年にしたいな、と。
 
今年も宜しくお願いします。
  

2008年11月15日

鬼灯。

其処に、確かに心は在るのに
其処に、確かな想いは在るのか
 
其処に、確かに夢は在るのに
其処に、確かな意思は在るのか
 
其処に、確かな欲は在るのに
其処に、確かな本能は在るのか
 
其処に、確かな影は在るのに
其処に、確かな陽は在るのか
 
 
望めば何でも手に入る
望めばどんなモノでも手に入る
 
使い捨てのこの世にそもそも意味なんて無いのに
有象無象の捨て駒の営みのあと、
吐き気を抑えるための云わば気休めで成り立ってる。
 
空っぽの器は見えないものを信じることを知らず、
結局壊れてしまうのに何でもかんでも入れたがる。
 
もう、そういうの、好い加減流行らないと想う昨今。
 
 
実りの秋。収穫の秋。
何を育てて、何を喰らいますか。何を撒きますか。
 
あらゆるものが価値って言葉を忘れたこの世で、
ここを選んで、訪れてくれる貴方達に感謝を。
 
150000 hit thanks.
 

2008年10月15日

大人の遠足。

お家に帰るまでが遠足です。
おやつは一人300円まで(バナナはおやつにふくまれません)。
 
どこに行くのかろくに知ら(ただ聞いて)なくって、
前の日にリュックに空の水筒とか弁当箱まで全部詰め込むまでが楽しくって
次の日の朝には満足してすでに疲れているという典型でしたが、
 
なんだろうな、大人になった時の遠足って
そこに行くまでの過程が全部ひとりでできちゃうから、
気づいたら行かなくなってしまうものなのかなぁと。
 
唯一大人になって楽しみに残ったのは、
個展とかイベントのDMの宛名書きをしているときがそれに近いかなぁと最近想います。
 
唐突に冷麺食べに日帰りで盛岡とか(希望)
唐突に日本一の水槽を見に日帰りで沖縄とか(希望)
唐突にプルコギ食べに日帰りで韓国とか(希望)
 
そういうノリの遊び方が出来る大人が好きです。
 

2008年10月13日

模様、様々。

大好きなTシャツとストールとミドルブーツの季節。
 
煙草の煙も、珈琲の渦も、描き起こす景色もすこぶる好調な心模様。
 
追伸。WALLPAPERに2点追加。
 

2008年10月12日

反側ハイウェイライン。

生まれてすぐに神様に手渡された紙とインクには
一年一日一時間って、良くも悪くも御叮嚀に単位で括られてやがる。
 
時計の秒針の進む速さは同じでも
どうやらその体感速度は物語のエピローグの置き方で決まるらしい。
 
せっかくお前だけの貴重な物語の、お前だけの貴重な頁とインクを
其処に注いだのなら精一杯頁を活かそうや。
 
その水滴が何処かで重なり合って、俺らぎりぎりパッチワークみたいに生きてるんだ。
糸のつなぎ目、切れる寸前まで精一杯頁を広げてみようや。
 
頁が破れたって、次書くときには加減を知れるだろう?
 
だからさ、どうせ綴れる言葉は限られるんだ、
だったら指先は秒速でも魂は音速で最短距離を書き綴ってみようや。
 
俺等は時計じゃなくって、生身の人間だからさ
最高にその物語が仕上げられるのなら
一緒に隣で待てるし、インクも頁も貸せる、見せ合うこともできる。
 
定規で測れない、分厚い本を作ってさ
最後に笑って死神に手渡してやろうや。なぁ。
 

2008年10月 8日

座右の銘。

「ひっそりと命懸け」。
 
やっぱり、たぶん、情熱ってものの類は、
決して赤いいろをしている必要はないんだと想う。
 

2008年10月 7日

三日月峠。

なんだか数週間ぶりに寝られました。苦笑。
労いのお言葉と素敵なメッセージ、ありがとうございます。
 
(特別自分の生活ではその点恵まれてるんですが)
限界が見えてしまう瞬間はとてもつらいことだけど、
 
その先に何か見える気がする、
 
という、「気がする」という曖昧な閃きの様な直感を、
 
大切に育てられられる時間は、とても愛しく強いものであると信じます。
 
好い男になります。ハイ。
 

2008年10月 4日

キャップ。

誰からも愛される人は素敵だと想う。
 
そういう人のそばに居ると、
自分に足りないものによく気付けるからかもしれない。
解っていても、やっぱりそんな人のことは好きになれるものです。
 
うん。それだけの理由がある。
 
でも誰からも愛されるという状況に
予想通り僕自身は魅力を感じていなかった。未だ感じられていない。
 
どちらかというと、
誰からも愛される人のそばに置いてもらって、
幾通りもある、人が人に愛されていく様を
暫らく眺めていられる時間の方がよっぽど贅沢に感じてしまう。
 
嗚呼、そうかと納得した。
  
周りの人間が幸せでなければ、
自分だけ幸せになんかなれやしないからだ。
 
そういう処、やはり僕はモノを創る裏方の人間だった。
 

2008年10月 3日

飯事食堂。

愛する1人の為に100人を殺せる力技より
愛する1人の為に100回殺される覚悟だろう。
 
プラスチックの包丁じゃ何も切れない。誰も生かせない。
 

2008年10月 2日

ロンギヌスの鑓。

久々に開いたメッセージボックスの中の一行の言葉が
液晶を越えて僕の心を射抜いた。
 
ずっと探していた様な、
昔から知っていた様な、
子供の頃に大好きだった曲が
大人になって実はそれがLovesongだったことに
初めて気付いた時の様な嬉しさだった。
 
其れを被せて想い出して、心が湧いた。
 
 
世の中や人生の理には必ず対価が或る。
 
其れは、期待や裏切りなんて云う甘ったるい言葉の類では無く、
誰が奪う、与えるではない純粋な零の理の話。
 
其れらの一片を泥塗れの手酌でも汲んで、
集めた先で明日を活かせられるものには美が宿る。
 
例えるならば、
愛が憎悪に変わる刹那のエネルギーは、
裏返して、人が恋に落ちる瞬間と同じくらい
無償の愛や美しさ、紙一重の残酷さに満ち満ちている。
 
両方足して、初めて零の理と成す。
  
The world is a fantasy based on reality.
 
そういう意味では、僕が活かされ魅せられている世界は
限りなく現実に近い幻想なのかも知れない。
 
でもね、確かに此処に在るのは真実。
 
何にも還られない僕の、貴方の物語だ。
 

2008年10月 1日

ズブロッカ。

綺麗なものと食い物には罪は無い。
 

2008年9月30日

くまむし。

暑いのも 寒いのも 得意じゃありません。
 
気温の差に確実にやられます。すでにやられてます。
 
二週間ぶっ通しの徹夜。二週間ぶっ通しでお凸が熱い。
 
心配はかけるよりかけるほうが得意だそうです。
 
よくないね、みなさん暖かくして寝てください。。。
 

2008年9月18日

豆腐の角と身。

自分がされて嫌な事を人に出来る奴は(自覚してると尚更タチ悪い)
気分を害す前にさっさと死んでしまえと自他共に常用してるんですが、
 
近所のコンビニの宮本さん(男性。たぶん独身。)がいつも素敵で、
「どうぞ~」とか「ありがとうございます」とか、お釣りの受け渡し方とか、
仕事としてごくごく当たり前のことなんですが、
 
そういう当たり前のことを嫌味なくこなしている彼を見ると
自分がされて気分が良くなることを、
他人にも自然にできているかどうかを問われると
なかなか考える余地が多いのが人間です。
 
気兼ねない感謝の言葉と共に居る人で在りたいなと想います。
 

2008年9月17日

黒い恋人。

気温の寒暖差にやられて案の定風邪引きです。
どっちかっていうと白よりも黒い恋人(謎)。
 
そりゃあ体温計もおかしいわね。
 
「忙しい」って言わないで、
「遣ることが沢山在る」って素敵な言い方を先日教わったので、
そう考えると意外とサクサク動いてくれております。
 

2008年9月16日

一念。

預けるつもりが、預けられて帰ってきてしまったよ。
 
自然に生まれた物事には、
最後まで残すことなく、捨てるところはひとつも無いんだ。
そんな事をアイヌの方々が昔云っていたっけ。
 
嗚呼、だから人は優しく活きられるんだと。
 

2008年9月14日

匂い。

23:00 札幌着。
 
此処はもう秋の匂い。少し寒い。
雨上がりにも似た、少し乾いた此処だけの空気。この感じ。
空港から市内までの道のり、やはり好きなんだなぁと想う。
 
この地を離れてから、いや、離れる前から
躓いて、転んだことが何度もあった。
 
転んでポケットから失ったものは数知れず、
この地を離れた今でさえ失い続けていることに
痛いほど落胆することも多々ある。
 
でもいつか子供が出来て、願いが叶うのなら、
この地へまた戻って着たいと想う。
 
そうしたらその子には、
転ばないで歩く方法や、転んでも誰かが手を差し伸べてくれることよりも、
どうやったら自分の手で、足で、もう一度立てるのかを
教えてやれるんだろうなと、ふと想った。
 
今なら、それが出来る気がしているよ。
 
多分、今感じているこの匂いはきっと
その子の為に用意されていたものだと知った。
 
少しの間、ただいま。
 

2008年9月12日

所用により少し留守にします。

幼い頃、人が人として生きる以上、
息をする度に自分の命は永らえるが、
誰かが何処かで息苦しさを覚えているのかも知れないと
何か古い絵本を通して教わった記憶がある。
 
「与えるでもなく 奪うでもなく」
 
そう、失ったものを取り戻したり、取り戻そうとしたり、
どうしても人は、時に僕もその一人で、
そうやって自分の罪を忘れたがる生き物だけれど、
そうじゃなくって、そんなに物事は簡単ではなくって
 
ただ、無意識に何かを無くした事を
無くしてしまったという真実を
忘れてしまわないことも、自覚できる時間も
人という生き物の才能だろうと
 
そのことだけでも、時折思い出せる時間は誰にも平等で、
明日を課せられた希望なんだろう。
 
その暖かい時間は、誰にでも優しい。
 

2008年9月11日

LIFE。

限界を感じさせてくれるもの。
 
全力だったら常に限界。決壊ギリギリの壁。
 
先人が遺したその上を綱渡りのようにして活きる
 
どっちかっていうと、
 
それは苦しいものじゃなく、感謝するもの。
 

2008年9月 9日

射切る。

「君みたいに誰でも強くないんだから」とか
「私って少しおかしいんです」とかさ、なんだかね、
そういう言い訳がましいのが多くて大嫌い。
 
自分に媚びて、相手に媚びて、
たった一人の大切な自分のことなのに
いったい誰の為に何を守ってるんだろう。
 
僕は神様でも社長でも親御さんでもないけれど、
大好きなあなたと時間を共にしたいと思う僕は
その言葉の前でいったいどうすればいいんだろう。
 
矢を放つのなら、手が離れるまで的を見詰めろよ。
 
生まれてきた以上、それを選んだのなら最後まで射切ろ。
 
言い訳ってのは、刺さった矢と離した手の軌道の間のことを言うんだ。
 
生きるも活きるも射切るも、そんな言葉にはもともと良い訳は無い。
 

2008年9月 8日

雷様。

どしゃぶられました。
雷が落ちる落ちる。火花がすごくって。
 
こりゃあ小さい子じゃなくてもへそ隠したくなるよなぁと
思いながら近所の行き着け美容室へ。
 
雷様は何をそんなに怒っているのかしらとか
へそを取るって、出べそ限定なのかとか、まじまじ考えながら
びしゃびしゃになってテクテク帰ったらご機嫌斜めもスッキリ。
 
雨も止んで喧嘩両成敗。
 
季節の変わり目、皆様風邪にはお気を付けて。
 

2008年9月 7日

チェリー野郎(酔)。

小さい頃から気持ち悪いくらいに
真っ赤に漬けられたチェリーが大嫌いだった。
 
それが乗っかって着色料が染み出した
安っぽいケーキや菓子はもっと大嫌いだった。
 
大人になってそれを思い出した。
 
小手先だけの器用さで人生がそれなりに豊かになる時代で、
それを良しとするのかどうするのかなんて関係ない、
自分にとっちゃあ悪はどいつもこいつも悪で、善はどれもこれも善である。
 
自分が幸せでいられるから、
相手がどう扱ってくれてようと構わないなんて
 
人が人の形をしている以上、そんなの愛だの幸せでもなんでもない。
 
その違和感を埋めるために、
また誰かを都合よく利用して自分の甘ったるさに浸るのか
 
人が人の形をしている以上、そんなの愛だの幸せでもなんでもない。
 
自分の力じゃ何にも出来ないくせに、
糞に糞を塗るような価値観を伝染して回って知らない顔して歩く
そのくせ自分のことだけは好く見せたがる
 
そういう輩を(命名)チェリー野郎って言うんだよ。
 

2008年9月 4日

Black Box。

夢中であればあるほど手を入れた箱の中身には、
自身の希望の大きさよりも小さいものしか掴めないのかもしれない。
 
箱の蓋を埋めるものは、貴方の名の在るこの世、現在の未来。
 
予期せぬまぐれに喜べる人の器用さは、必然か。偶然か。
 

2008年9月 3日

愛称。

キョン様ってどうなんだろうキョン様って。
 
どこぞのスターみたいに爽やかではありませんが(苦笑)。
 
パチンコ台にはなりたくありません。
 

2008年8月31日

変わり目。

この数日、空がずっとぐずっている。
夏は何処へ行ったのか、若干風邪気味。
 
雨の日には人様の作品を見ている時間が多いです(主に娯楽)。
 
最近女性の作家さんの作品(読み物)に触れることが多いのですが、
繊細さというか言葉の選び方というか、
何というか夏から秋にかけての変わり目の雨のような
そんな華奢で、でもしっかりした匂いのする素敵なものが多いです。
 
誰かが明日を生きるための作品を創りたいと想っていますが、
冷静に過去を振り返ることができる時間がこんなに
愛しく感じられるようになったのは、
如何に自分がそれだけ愛されていたからだと気付けるくらい、
少しは大人になった気がします。
 
こんな雨の日には、感謝を伝えに行きたい人がこんなにいるのに
伝えきれぬまま晴れてしまうのが少し勿体無い気がします。
 

2008年8月30日

博打。

下手な駆け引きや投資話、誰かのものを盗んだり、
ギラギラ光った目とか、出来心や優しくない嘘とか、簡単に買える言葉とか
 
博打は自分の人生だけで手一杯だから単純に好かない、
ただ、それだけのことです。
 
ピッチャーとしては最悪ですが、生き物としてどうかは未だ解りません。
 

2008年8月29日

逆転サヨナラホームラン。

数年ぶりに30円くらいのアイスバー(バニラ)が無性に食べたくなって
コンビニに立ち寄り買ったら、間違って買ったらしい(チョコ)味。
 
アンチ甘党なのに泣く泣く食べたら、なんと逆転ホームラン。
 
っていう平和な一日。只今打率10割0分0厘。
 
icebar.jpg
 

2008年8月28日

可能性の精度。

同じ景色を見ても、添える言葉や其の足で、映る結果は変わってしまうよ。
 
其れは極端な話、臨んだ景色が天国であろうと、
何処かの誰かにとっては地獄にも見えてしまう。
 
世界の均衡は紙一重の感性で保たれているから。
 
だったら其の精度を上げるために、
独りで焦ったり、缶詰を無理やりこじ開けるような力は要らないし、 
誰かが知っているという事実で個々ははじめて存在出来るから、
君の頑張りがたとえ花のまま実を結ばなくても、
臨んだ景色はどこかに根付いているのでしょう。
 
「誰も期待していない」という言葉と、
「誰も自分のことを知らない」という言葉では、大きく違うんだよ。
 
焦ったっていつかは死ぬんだから、
じゃあその間にどこまで生きるのかっていう。精度の度合。
 

2008年8月27日

LOVEはじめました。

「人ぞれぞれ」
 
よく冷えた最強の言い訳。
 
さてさて、あんたは人の方なのか?それぞれの方なのか?
 
何を守ってるんだか、
 
愛されるべきしたたかさが足りないよ。 
 

2008年8月26日

燈の籠。

陽が香る内はその匂いに手を引かれ
 
人知れず姿を隠す彼を探すように
 
もう二度と迷わなくても佳いように
 
面影は失くしても鮮やかな香りは取って置いて
 
私が迷った道を辿る時間は惜しいから
 

2008年8月25日

時雨。

やさしいのも、あたたかいのも。
 

2008年8月23日

Joker。

君がそうな様に、僕は君のトランプの一枚には成り得ない。
 
自分の経験でしか手札を切れない僕は、
GAMEの卓上に並べられる言葉を時として残念に感じてしまう。
 
唯其れは、手札を切る過程に期待しているだけで、
君がその期待に応える必要は微塵も無いのだけれど。
 
仮に、若さ故に間違いが多くても、
明日に懸けられる若さを、誤って捨ててしまいたくはないから。
 
信じること以外に、賭すものが見当たらない。
 

2008年8月22日

Rail。

何等かに満たされている時間の中でのブレーキは、
その枕木が散らばった線路の先、信頼出来る処から見出されました。
 
それは、とても価値のある幸せだと言えます。
 

2008年8月21日

人。

倒れ切らなきゃ、人は立てない。
 
差し伸べられた其の手に甘んじて
支えられる事を望んだ分だけ、人は人の姿を失っていく。
 
誰だって自分の事が一番可愛い。
その可愛い自分を守るための
たかだかその短い時間だけの為に世界は回らない。
 
人の姿を失ったもので出来た世界は
誰かの為に回ることさえ出来ずに這いつくばって
その残骸を貪り食うことしか考えていない。
 
ぶちのめされても立ち上がる人を支えるのが「人」。
その資格がある者が歩み生きるのが「人生」。
 
そこで初めて誰の幸せを願えるか。
 
その時だろう?価値や愛って言葉を使えるのは。
 

2008年8月20日

Edge。

好い大人の条件とクリエイティヴにおける考察。
 
馬鹿の一つ覚えで物事に理由を求めない事とメリハリが大事。
 

2008年8月19日

柘榴。

手に入るものと、手に入れてはいけないものの違いくらいは知っている。
でも無邪気に笑う子供のように、悪戯に欲しがる心を忘れたら終いだ。
 
3年後に側に在るものに、種をやり水を撒ける者が大人。
 
大人になることを怠けたままでいることは唯の残酷な子供。
 
未来を大切に出来ることは、自分を大切に出来るってことであって、
「自分」って言葉に捕らわれているうちはまだまだ青い。
 

2008年8月18日

暗黒ゴーヤちゃん。

その後、無事元気にしていますのでご心配無く。
一ヶ月大人しくしていた反動で、相変わらず色々忙しく遣っています。
 
最近の近況。
 
・皆さんに禁煙を勧められるので煙草を軽くしましたが、量が増えました。
・暑さが尋常ではないので毎週末はどこかで呑んでます。
・休養で「肥えた?」と聞かれるので、軽く5kg絞りました。
・浴衣を新調。割と似合うほうかと思います。
・猫とか蝉とか、イモリとかハクビシンとか暑いので近所に良く出ます。
・暑さに便乗して変な人も近所に良く出ます。
 
と、こんな感じで。
 
描きたいものも、遣りたい事も沢山在りますが
今は作品創りを優先しています。
 
無駄なことではないかもしれないけれど、
言葉を綴ったり、話をしたり、息抜きをしたりと
まぁ色々遣っているわけですが、
自分の場合描く事に比べたらまぁそんなものは比ではないなと。
 
来年の桜の咲く頃、何か出来たらいいなぁと思ってます。
 
ankake.jpg
画像は手作り餡かけゴーヤチャンプル。

2008年7月17日

センチ。

ご無沙汰、お騒がせしておりましたが、
本調子ではないものの、元の生活に戻ることが出来るようになりました。 
 
ご心配をお掛けしましてスミマセンでした。
※何の事かわからない方は、わからないままスルーで。
 
人並みにセンチで、少し反省しました。
  
お医者から間髪入れずに「一生禁煙ですっ」を三回言われると
「何べん言うねん」と流石に笑ってしまいましたが、
一生付き合っていかなきゃならん身体です、
ちょっとは労わってやらんといけないかなと。
 
煙草は辞められませんが、絵描ける位は元気です。
 
あまりに寝すぎて未だ寝ぼけたままですが、
調子が戻ったら、徒然再開いたしますネ。
 

2008年6月10日

Rebirth。

気が付けばいつしか戦うように筆を持ち、
その相手が自分自身や取るに足らない理由でしかなくって、
結局のところ歩いた道は「我」でしかなかった。
 
愛されているという記憶の温度よりも、
どうしようもなく増えていく生傷を、
気色の悪い愛想笑いで隠すのに必死だった。
 
そう、襟を正せば不完全さが際立って、
釦を掛ければ、ちぐはぐな甘えが邪魔をしていた。
 
真実ってのは、大抵の場合綺麗に出来ちゃいないけれど、
それでも士が仕えた深い心は、有り難い事にいつも誰かに守られてきた。
だから連れ戻される事無く、いつでも振り返ることが出来た。
 
その志に感謝を。
 
そして昨夜からご連絡を頂いたみなさん、
どうもありがとうございました。
 
もう自分が何時に生まれたのか知る術は無いけれど、
自身が忘れかけていたこの日を、
誰かが憶えていてくれたという事がこんなにも嬉しいものかと、
穏やかに一日を過ごせています。
 
この日に感謝を。
 

2008年5月28日

間引き。

そこそこ大きくなったら、
選択肢を削ればその分人生の栄養は行き渡る。
 
が、ハサミの使い方によっちゃあ、根茎さえ切れてしまうよ。
 
大きな実を結ぶために、お前のハサミは何を間引く。
 
大きな実を結んだとき、お前をその残った茎は支えられるか。
 

2008年5月26日

四葉禁条。

幸せの定義。「やりたいことをやる」
 
食べたいものを食べ、着たいものは着る。
行きたい所へは行き、話したい者と話す。
 
適わないのならイメージする。
 
求めるばかりでイメージにさえ拒まれるのなら
与える側に立ってみる。その手を引いた其れに。
 
周りが見えていない時に闇雲に突っ走るのは
唯の空気読めない奴になりますが、
 
夢っていうのは、我慢とか忍耐とか
実はそんな要素は何にも含んじゃ居ない。
 
要は自分の欲望に我侭になった先に
からまった足枷に気付けるかどうか。
 
苦しさに吐きそうで諦めかけたその時に
確かに流れたその時間が素敵に流れていたということを
感じられる人間で居られるかどうかで決まる。
 
最近やりたいこと、やれてますか。
 

2008年5月24日

センネン画報。

余りに忙しくって書店に買いには出られないから、
ネットで注文してようやく手に入った単行本。
 
 「センネン画報」
今日マチ子サン(こっちはblog)
 
人って一日に憶えられる事の方が多いのか、
一日に忘れる事の方が多いのか、
ふと、そんなことを考えさせられる作品だと思います。
 
漫画というには勿体無いですが、
映画の様に気負わずに見られる作品かなぁと。
活字の本が好きな方にはオススメ。
 
リンクでも紹介していますが、
毎日blogで作品を作り続けては公開している、
そんな著者サンの謙虚な御姿勢を見習いたいものです。。。
 

2008年5月20日

驟雨。

静かな粒の大きい雨。東京。
 
無くした想い出を懐かしむ人や時間を追う人。
逆に記憶を全く消せない病に苦しむ人も世に居る事を知った。
 
その人は、憂鬱な雨に流した過去も、
何度と無くそれを流した川下に心が立ち止まるのだろう。
それを想うと、少し哀しくなった。
 
今は覚えていないことが人の幸せか。
いや、きっと何も無かった筈ではなくて、貴方も、僕も。
知り得て居なかっただけ筈の時間。
 
それが幸せであったかどうかが重要ではなくて、
またその耳が雨音を拾えたときに、
その音が幸せであったかどうか問える心に意味が或る。
 
今は、其れでいいと。
 

2008年5月18日

言い訳。

贋物を掴まされる位だったら、
誰かに差し出されるものに依存しなければいい。
 
贋物を掴むくらいだったら、
その腕を一生使う事無く終えたらいい。
 
それで満足出来るのなら、本物は必要無い。
 
選ばれたものが、そいつに似合う人生を送れるかは、
それとはまた別の話ではあるけれど。
 

2008年5月15日

雨と傘と避雷針の考察。

誰かに何かを伝えたくてたまらないときには
その手段は必ず身の回りのどこかに与えられている。
 
雨が降っていても、雲の上には空があり、太陽があり、
天気予報に頼らなくても、明日は晴れることを人は知っている。
 
仮に大切な今日が雨でも、その頭痛の種が、
何処かの種に命を与えられている事を
人は感じられるアンテナまで持っている。
 
その言葉は、ちゃんと僕に届いている。
 
だからもう少しの間、雲の上の太陽を信じていて。
 

2008年5月12日

FIVE STAR。

幼いときに知った、
初めて自転車に乗れた時の様な感覚。
 
久々に描けている。
指の隙間から溢れるくらいの力が揺らいでる。
 
誰かに見せたくて、見てもらえた幼い記憶と距離感。
その記憶の距離を紡いで、幸せで、愛しくて。
 
僕に描くことを教えてくれた人たちはもう居ないけれど、
自分の大好きな人が好きなものを
自分も好きになりたくなるような。
 
今、その気持ちが指先に宿っている。
 
何でも、何処までも描ける。
 

2008年5月11日

進捗。

先日一連の新作を公開して、
色々と感想を頂いてはいたのですが

「何か良い事が有りましたか?」とのお言葉がひとつ。
 
特別に普段の生活に変化は無いのですが、
意図したものが描ける様になっているのかなと嬉しく想いました。
 
強いて云うのなら、
何も無いところから線を描き始める場所と、
誰かが誰かの為に費やせる心のスペースは、
何処となく似ているものだなと感銘した出来事が幾つかあったからで。
 
「無防備」という言葉では少し単純で、「自由」という言葉では拙い、
そんな人の優しさの心の理に
漸く触れられるようになったのかもしれません。
 

2008年5月10日

芍薬。

悪戯に手を伸ばせばかぶれる指先ですら、
 
愛しく想えるのは人であるが故の過ちか。
 
一本を切り取って持ち帰る者。
 
手を取って花畑に連れて行く者。
 
どちらにも笑顔を疑う必要は始めから無かった。
 
花は、唯、その言葉が聞きたかった。
 

2008年4月 5日

Sweet April。

2008_sakura



ずっとずっと心待ちにしていた一年。



誰も裏切らずに咲いて魅せて、誰が為に散るの。



2008年4月 3日

サライ。

世界が、人が、下らないものだって、
何にも変わりゃしないってのは、昔っから皆言っている。
あえて言うそんなもんは愚痴って呼ばれる。
 
当たり前に過ぎ行く毎日に、
恐れることの無いものは、昔っから皆言っている。
あえて言うその言葉は夢や愛って呼ばれる。
 
限りのある季節に、
限りのある言葉を。
 

2008年3月23日

桜アラート。

一日に何度も天気予報を眺めている馬鹿の為に、
 
桜アラートをプレゼントしてください。
 

2008年3月22日

気違い。

1日18時間。1週間126時間。1ヶ月558時間。
 
気付けばそんだけ物作りに携わっていられる。気が触れるほど。
 
なんつーか、それってすげー贅沢で幸せな時間だ。
 

2008年3月21日

白百合。

「生」と「死」や、「光」と「影」の様な対極。
 
僕等は皆、希望と絶望の丁度ど真ん中の糸の上を渡っている。
 
どちらかが無くして成立しない。
 
 
だから人は、少なくとも僕は、
 
それに似た朝焼けの、淡い、桃色の溶けそうな空を美しいと感じるのだろう。
 
その時間が惜しくて雀が起きたら眠るんだ。
 
 
震える夜は、暖かさをより正確に感じる為の昨日。
 
冷たい指先は、誰かの指先を捉えられる希望。
 

2008年3月20日

Cage。

三年の空白を飲み干して、
観得る世界は変わってしまった。
 
硬く閉ざした引き出しを開けてしまった後の
それは期待に満ち満ちた喜びと
裏側に潜む絶望をいっぺんに引っ繰り返してしまったような
 
そんな色で溢れている。
 
それが善いことなのか悪いことなのかは
僕にはよく解らないが、
これから魅せられるもので判断してもらえたらいい。
 

2008年3月15日

うたかた。

貴方の
 
何に対して頑張っているのか。よりも
 
何に対して素で在れるのか。に興味が在る。
 

2008年3月14日

海と陸と空。

他に出来ない事を成し遂げる人間は、
他に得る事の出来ない幸せを感じる事が出来る。
 
他に出来ない事を成し遂げる人間は、
他が知らずに済むだろう傷を負わなければ為らない。
 
どちらも紙一重。
 
人生が海で、陸がゴールで、空が世間だとしたら。
其れに捕われてしまえば、間違いなく溺れる。
 

2008年3月13日

Aクラス理論。

「Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる。」
 
「Bクラスの人は、Cクラスの人を採用したがる。」
 
なるほどなと。
 
出来る人ほど「No」は言わない(出来なくても行動が伴う)。
そして人を誉めるのが上手だということ。
 
何処かの誰かがが出来るんだから、
何をするにもそれが出来ない根拠はないんだよな、と。
 

2008年3月12日

サクマ式ドロップス。

何となく、僕らの幼い頃のイメージはそれで。何でもキラキラしていた。
 
手に届くところに何かが必ずあって、でもそれはすぐ無くなってしまうという事。
そんな事を多く学べた気がする。
 
人が亡くなるnewsなんて頻繁になかったし、簡単に何でも使い捨てられる時代じゃなかった。
 
今になって流行って(?)いるけれど、「百万回生きたねこ」や「あおむし」の絵本とか、
NHKの教育番組、スタジオジブリの作品が大好きだった。
 
多分それらが僕の根を造ってくれたし、今でも大好きな作品たち。
 
幼いながらも何所か胸にずっと残るもの。
言葉にならない切なさや、伝えきれない感動。
 
カブトムシをゲームでしか見た事が無いとか、絵本を読んでもらったことが無いとか。
そういうものが今の子供には十分に与えられていない事を少し寂しく思います。
 
 
「造り続ける時代は終わりました」なんていうフレーズ。
最近の流行だか何だか知りませんが、僕は創るのをやめません。
 
つくりびとの使命。
そんなものがあるのだとしたら、そういう感動じゃないのかと。
 
味気無いモノにガッカリする顔はもう見たくはないのです。
 
子供やいつか子供だった人に胸を張って手渡せる作品を創れたら。そう想っています。
 

2008年3月11日

赤裸々。

たったひとつだけ とか
 
ふたつとない とか
 
さいごのひとつ とか
 
どれも同じ意味なのに、
どうしてこうも日本語が愛しい。哀しい。
 
それを教えてくれる人に恵まれている。
 

2008年3月10日

無印良品。

量にも、質にもこだわる。
 

2008年3月 9日

Passion。

此処最近、可能性という言葉に強く惹かれて生活している。
 
(いつもの具合で)上手い言い回しは出来ないのだけれども、
「積み重ねる」という事と「可能性に掛ける」事の違いがようやっと解った。
 
積み重ねてきたものは皆、重みが違う。
幾ら僕なんかがどう言った処で、素敵に年を重ねて来た先輩方には頭が下がる。
 
可能性に掛ける事は、皆一本のラインの上に並んでいて、
何処をどう引いても、いつも新しく見劣りは無い。
 
だからこそ、そこ一点努め上げる。
積み重ねはその後付。
 
僕らの未来も過去も、ジェンガの様であってはならないのだ。
 
抜く事も、上乗せる事も。
 

2008年3月 8日

的。

的を狙って打つのではなく、
的の後ろ、地球を一周させるイメージで射抜く。
 
もうどうなっても構わないというくらい、
この心を突き破って、世界を繋ぐ。
 

2008年3月 7日

軌跡の価値は。

人が人を支えて人を成すのなら
人が夢に寄り添って、儚く散るのが定めなのか。
 
否、
 
一本で立てるから支えられるのが人である。
夢は見るものであり、寄りかかるものには非ず。
 

2008年3月 1日

鬼から桜。

鬼の様に過ぎていった弐月。改め鬼月。
みなさん如何お過ごしですか。
 
何かと慌しく人を飲んで、飲まれていく日本。
「媚びない」ということと「マイペース」で活きることは、
似ているようで全く違うよなぁとつくづく想いながら。
 
イヨイヨ参月。 
桜の月。一年で一番好きな季節。
 
そろそろ咲かせに参りましょうか。
 

2008年2月29日

regard the Fuck a gentleman。

遣りたいことしか遣らないと決めて、
好き勝手遣らせて貰っている現在に感謝はしているけれど、
 
せめて自分の生活する空間の温度は穏やかでありたいと、
片時も努力を惜しんだことは有りませんよ。
 
どれだけカナ文字を使おうが、あくまでも我々は鼻の低い日本人です。
 

2008年2月28日

April 77。

暖めようとするから、ぬるくなる。
 
応えていのは己以外の期待。
 

2008年2月27日

人であるが故。

心の中に見出したいものを、答えを、
探して、探しきれないことを悔いる必要はないよ。
 
理想とそれとはよく似ていて、
現在、人はそれを仕舞えと言うかもしれない。
 
でも心の中の引き出しの場所は別のところに在る。
  
失くしたら繋がらない数字の羅列や
嘘や、出来心や、自ら選んだ罪の罰を待つ時間、
 
なんだか、そういうのは違う。
そういうのではなくって、
 
目を瞑って明日が今日の事を楽しみに出来るような、
子供を抱く母親の体温のような。そんな未来を。
 
貴方が苦しめたのは自分ではなく、
人であるが故。
 
唯、人であるが故。
 

2008年2月26日

体温。

1℃でも上がればへばるように出来ているのが人間だが、
平熱のラインは何処にあるのかを探るのは医者ではなくartistの仕事か、と。
 
喜び、哀しみ、嫉妬や怒り。それらは万人が各々語るのを許されるなら、
「美しさ」とは万人が唯一、共有できる感覚ではないだろうか。
 
生まれながらにして花や海、空や月、それらの美しさは世界で誰も疑わない。
 

2008年2月24日

リボルバー。

生きる事に於いては、
明後日を見過ぎたいという、欲。感度を上げる。
 
創ることに於いては、
やり過ぎたいという、欲。精度を上げる。
 

2008年2月23日

普通の日記。

吹きましたね、春一番。 
もうそろそろ桜の季節ですか。
 
お気に入りのジャケットとブーツで過ごせるくらいが一番好い。
(にしてもどうして冬物よりも春物の方が高いってどうなのよ高田サン三浦サン。。。)
 
一月末から激的な忙しさに見舞われています。
週休無しの4キロ減量成功。そんな感じです。
 
皆さんにはひとつひとつきちんと紹介していきたいから、
ここぞというタイミングを選りすぐって発表します。
 
もったいぶっているわけではないけれど、
当店のS/Sの新作は自信を持ってお勧め致します。
 

2008年2月17日

Re:_。

此の世が幸せで、騙す事も知らず、男も女も無いのなら、
僕は絵なんか描いてなかったろう。
 
あんたが幸せで、隣の奴が笑っていてくれたら、
誰も僕の絵なんか見やしなかっただろう。
 
ただそれでも沈黙を破ったのは、
どうしようもなく描きたかったから。描き足りなかったから。
 
まだまだ好い物が創れるのが判ったから。
 
右腕の回る範囲が少し大きくなったから。
 
Re:_______________________________________
 
空白のカレンダーに密かに埋もれていた、
 
拒みきれなかった大切な人の死去や
無残に摘み取られた花の根を紡いだ針と糸の時間、
下らない憎しみの為に折った筆の後片付け。
 
それらを越える度に美しさに魅せられていくのが自分の作品なら、
宛ら己は死神気取りかと、自問自答の果てに行き着いたのは 
その発想自体が子供染みていたと苦笑える心。
 
知らぬ間に成長していたと言える位が丁度好い。
 
お待たせ。
 

2008年2月14日

Eva。

華の記憶だけで生きるには、此の熱は未だ幼すぎるが、
 
その太陽の光が、人生を存分に咲かせるものと信じる。
 

2008年2月13日

夢現。

おぼろげながらも、
人生を変えうるその返事を待っている。
 
「ゆめうつつ」と書いて「無限」と詠み、
漸く取り戻した人生とその先に添えられる希望等を、
深く活かしたいと唯、願っている。
 
一生を賭して描けるものにはなかなか出逢えない。
 
着信があったら、それが合図だ。
 

2008年2月12日

其処に在るといふ事。

抱締められる距離を大切にしたいと、
右腕一本分で円を描いたその世界。
 
血の流れる音と。
 
其れを生み出す心臓のリズム。
 
そして眠くなる様な体温。
 
僕が提供できるのは、それ以上でもそれ以下でも無いから。
いつも此処に居る。
 
持ち帰るのは、貴方の自由だけれど
失う事で得られる幸せという不思議なルール。
 
右腕一本分で円を描いたその世界。
 

2008年2月11日

下剋上エクスタシー。

だって自分の作品の値段も知らないプロよりも、
最強の素人の方が格好良いじゃない。
 
期は未だ熟しちゃ居ない。
 

2008年2月 9日

Time is Running Out。

自分が幸せにならなければ、人を幸せににできない世界。
 
仮にでもそれはそれで良いのだと想います。
 
僕は描くことで幸せを感じられるから、
その作品が貴方の人生に添えるられるならば、つまりそいつも幸せで、
更に欲を言わせて貰えるならば、貴方にもその幸せが伝染れば善い。
 
自分の作品にだけ嫉妬出来るようになれば一丁前。
 

2008年2月 7日

器。

事実を探ることと、犯人を捜すことは
似ているようで全く逆を向いている。
 
では誰も悪くない場合はどうだろうか。
そういったことは人生に稀に起こる。
いや、その連続かもしれない。
 
時間は平等に与えられていても
それを受け入れられる懐の広さは
不平等に人の器を歪めるのかな。
 
例えそうでも、溢れた水は乾かすことなく戻したい。
 
なんて朝日に舞う煙草の煙に被せて想う。
 

2008年2月 4日

愛倶。

愛の名を冠するものには、
その価値を主が知っている必要が有る。
 
其れさえ知っていれば、
臆病さが最高の槍にも盾にもなる。
 

 
愛倶

2008年2月 3日

要。

本気で遣ってるから、本気で遣れる人間と出逢う。
 
それは偶然ではなく、必然と呼ばれ、其れを時に縁と呼ぶ。
 
そういう処、選ばずに与えられて活きていられる。
 
運命という細波に玩ばれて、悪魔さえにも愛されるのなら本望。
 
当たり前が腐り始めているこの世の中で、好い物を創れたら好いですね。
 

2008年2月 2日

ピーエス。

「最近ブログがまめですね」
 
幾つかの人にいただく言葉です。
毎日見に来てくれてどうもありがとう。
 
ただ、このサイトをリニューアルする前には
実は同じことをやっていただけなんです。
 
一日を繰り越して書き続けることにも実は意味があって
昨日の事を考えて並べる言葉は簡単だし反省にもなるけれど
明日の言葉を並べたほうが、
例え叶わなくても一日がより活きる気がするからで。
 
数年後、読み返した際に、
「希望」と「結果」が明確になる気がしています。
 
僕にとっての水やりのひとつ。
 
書き忘れたときの保険っていう意図も
実はあるとかないとか。あるとか。笑。
 
唯、このサイトがブログサイトでは無い事は
もちろん自分で一番良く解っています。
 
 
これらを初耳(目か)の方々、ようこそ。
 
この世界はいつでも貴方を歓迎します。
 

2008年2月 1日

種撒く季節。

ほんの少しのタイミングで、
僕はその人たちと出逢えた。
 
ほんの少しのタイミングで、
僕はその人たちと別れてきた。
 
ほんの少し先のことを想えば、
ほんの少しくらい我慢が出来るようになった。
 
ほんの少し泣きたい怪我をしても
ほんの少し嬉しいときに取っておこうと想える様になった。
 
ほんの少しずつ。
 
 
花は咲く。
誰にでも一度は咲く。
 
季節も国も身分も男も女も。関係なく。
 
ただそれを枯らせてしまうのは、
新芽の鮮やかさに見蕩れた者や、溺れた者、
そして何よりその芽自身がその色に目が眩み、
太陽を拒んで枯らしてしまう。
 
咲き続けるのは難しいことかもしれないが、
ほんの少しずつ水をやれる人は、自分にも水を与えられるということ。
 
そろそろ種撒く季節がやってきて、
ほんの少し僕は楽しみで眠れない。
 
さて今年、貴方は何に水をやりますか。
 

2008年1月31日

As time goes by。

地道に努めた一ヶ月間。
年始早々から体調不良もなんのその。
あっという間に今年も一ヶ月が終了。満足。
 
アルペジオのコードの旋律が美しく感じられるのは、
その連想の起伏の中に一本芯が通っているから。
 
人ごみに身を投じればポロポロ何かを溢すけれど、
そんなものに人生の芯を折られる世話は要らない。
もちろん世話をする必要も無いよ。
  
仕上げに必要なのは紛れも無くその心。
 

2008年1月29日

墨虫。

歴史に嫉妬される位、全ての筆に愛される男になりたい。
 
世界中の絵画が自分の存在を蔑む位、全ての画家に嫌われる男になりたい。
 
野望といえば、それっぽっちの事。
 

2008年1月26日

珈琲と豆とコクの関係。

あの日からもうどれくらい経つのだろうか。
 
世紀末の大魔王が奪ったものは余りにも大き過ぎた筈なのに、
数えてみれば10年なんて、あっという間に過ぎてゆくものか。
 
年に一度の雪が積もるあの季節の一日に、
此処数年はその景色の中に僕はもう居ない。
それだけ確実に時は過ぎてゆくものらしい。
 
未来へと急かすこの足を留めることを漸く知って、
現在と向き合ってみれば、その布石は布石へと繋がり、
この命を繋いで、墨の黒色に混ざり更に色を深めていく。
 
 
その道を歩む足が、時々痛むことがある。
けれど、靴を履くことを覚えたからこそ人はその痛みを想い出す。
 
「ひとり」という孤独の意味を知れば、
淋しさや満たされない心の根を掴むことが出来る。
それと向き合う事ができるよう、「ヒト」という獣は心という鎖で縛られた。
 
 
10年経って、春の美しさを知る為に、
僕は冬の美しさも知っていた。
 
桜の花びらを雪に喩えられるのなら、
この空気の冷たさや、諦めきれない弱さ、脆さを
知らされていくのと同じだけ、この先で咲かせてみせるよ。
 
愛する方々に、感謝を。
 

2008年1月25日

Under the sun。

空が低い此処でも強く想うのはやはり、
 
花に愛される人は春に愛されているのではなく、冬に愛されている。

ということ。応用は利かない。
 

2008年1月24日

犬繋がり。

やはり彼も寒そうです。
 
遠目でよくよく見るとケナゲでした。
 

 

2008年1月23日

形。

現状を越えられぬのなら言葉は意味を成さない。
 
どんな事にもそれまでの「間」は必要。
 
未来に手加減すれば、器が割れる。
 

2008年1月22日

ハナム犬。

普段付き合いのある方から頂いた犬の画像。
名前はクロ2才♂(仮名)。

最近は遠目から観るとこんな風に
見えるんだとか見えないんだとか。。。


でもちなみに猫派です。私。

 

2008年1月21日

時。

花は、摘み取って数日の内に死んでしまう。
 
其れを芸術と呼んで、美しさに喩えるのなら
摘まずに活ける花の美しさは何ぞやと
未だ未だ解せずに鋏を研ぐ若輩者だと苦笑って
 
この春を楽しみに待つのです。
 
つぼみの季節は誰にでも優しくあれ。
 

2008年1月17日

Stop Crying Your Heart Out 。

「革命」と「復活」の意味を教えてくれたその言葉に、応える。
 

2008年1月15日

Last Sale。

「除外品」ばかりに目がいく性分。
 
他人の思惑か。当方の目の付きどころか。
 
何処も彼処も安売られる中で、季節外れで頑張ってる奴が好き。
 
自ら値札を書き換えてくれるな。
 
誰が何と言おうと、その数字の羅列は絶対だ。
 
 
また同じ季節は巡って来るんだから。
 
末永く愛されたら良い。

2008年1月13日

荊の涙。

インビジブルペイン。足りないものを補おうとする力。
痛みを伴っても、其れを克服出来る治癒力。躍進力。
 
完全を求めている訳ではないけれど、
其れを求めて生きて来た道もあった。
 
与えられたものをそのまま腐らせる事無く、より天へと伸ばしていきたいと願った。
諦めてしまう前に、他の茎や芽も一緒に遠くへと臨んだ。
時に避けられなかった人の死でさえも、何処か心に閊えてたままで連れてきた。
 
今は一時、心の真ん中に停止線を張っている。
 
その力は心が無ければ発揮されない。
誰かの笑顔や涙を大切に想う時、自然と頭が下がる日本人の心強さの様な。
 
高みを目指す時、弱さに耐えれる強さや力は必要になるけれど、
問題は目に映るものを観止められる力があるかどうかの前提の話で。
しかしながら、人は狭い視界に入らない光や体温も感じられるということも知った。
 
こうやって、学ぶことを許され活きられる現在に、
感謝している。
 
120000 hit thanks!!

 

2008年1月12日

焦るな。気負うな。躊躇うな。

自由の柵に囲(恵)まれている事を感じろ。
 
鍵が何処に在るのかよく考えて動け。
 
その意味を例え履き違えても、それでも明日や未来に妥協を持ちこむな。
 
選択の正しさを証明するためには進化し続けるしかない。
だから適当なラフプレーは許されないんだ。
 
その上で零れた涙は共に温めよう。
 
焦るな。気負うな。躊躇うな。
 
そこには、その美しさを笑えるまでの時間は平等に有る。
 

2008年1月10日

春一番。

自分の靴に、嫌われてしまった人が居る。
 
掴んだ道の裾を、破かれてしまった人が居る。
 
通り雨に捕まって、びしょ濡れになった人が居る。
 
遠回りを繰り返して繰り返して。漸く扉をノックする人が居る。
 
 
大切なそれぞれの人生よ。
 
その背中に春一番よ、吹け。吹け。
 

2008年1月 9日

抱負。

どこまでも行ける魔法の靴よりも
誰もが暖まれる部屋を用意できる
 
そんな一年にしたいと想います。
 

2008年1月 8日

Sunlight。

雪の国から帰って着ました。
 
久しぶりに言葉を使った気がして、
喉が未だ枯れている様な気持ちで今居ます。
 
愛されているという実感と
愛したいという想いは
どうしてこうも相反するのだろうね。
 
それぞれの世界がそれだけで美しいのに
確かめられたがるそれを馬鹿と呼んで
心の潰れる音を何度も聞いた気がした。
 
奪う力加減よりも
分け合うか、其処に佇んで見詰められる
そんな心の弾けそうな音も何度も聞かせてもらった。
 
時間は流れていた。
 
札幌は優しい街です。
 

2008年1月 7日

ネ。

明けました。
 
今年よりも来年が明けた気がします。先走り2009年。
また宜しくお願いします。
 

2007年12月31日

Who's sharing love and absolution there?

僕の作品を愛してくれている皆さん、
今年もどうもありがとう。
 
僕の言葉を待っていてくれた皆さん、
今年もどうもありがとう。
 
世の中の曖昧さがぼやけて目に染みるのか
単純に目が悪くなっていくせいなのか
糞に糞を塗るような景色はもういい加減飽きたけれど
 
それでもこのartが誰かの生を活かす事が赦される現実に
愛だけを捨てずに来年に繋ぎます。
 
ありがとう。
 

2007年12月30日

The butterfly effect。

自分の物差しを伸ばして、
くだらないプライドは全部捨てた。
 
欲しがります 勝とうが負けようが。
 
蝶の羽ばたきでも世界は壊せる。
 

2007年12月29日

Apocalypse please。

ひっそりと命を懸けて、
一生を描いていきたいと想う。
 
人は誰しも裸で生まれてくるのだから
誰のものを奪うのでもなく
失ったものを取り戻すのが人生でもなく
その先に何かを見つけた時の笑顔のようなものに出逢いたいと
誰しもが心の奥で願えるから、誰かが活きられる。
 
力尽くで押される満員電車のような世の中です。
 
そっと目を瞑って、力を抜けられる強かさを求められている、
それを教えられた一年でした。
 
中学から止まっている178センチが、
背が伸びたんじゃない?とよく言われるようになったのが一番の収穫です。
 

2007年12月27日

B奪取。

言えずにぐっと飲み込んでいた言葉を、
ここぞというタイミングで吐いてみる。
 
余計に2つ3つ並んだ言葉を、
勢いで差し出す首根っこを掴んで黙ってみる。
 
世界は、それだけで広がってゆく。
 

2007年12月26日

かもず。

「今じゃなければ」と想っているモノは、
「今じゃなければ」其の内腐っていく。
 
手に入れたいものほど、
手に余るくらい人間の命は幼く、そして短い。
 

2007年12月20日

毛糸とセーター。

その後、その顔は微笑っていましたか。
 
向こう側に或る幸せに触れるために
針の穴を覗くことが、時には必要になる。
 
それを出来るってことが、既に幸せなんだよ。
 

2007年12月13日

マッチの心得。

ある意味
 
「着やせして見えるんです」
 
な、体型で居たいね。
 
人生もまた然り。
 
筋トレは夏に行うものに在らず。
 

2007年12月12日

Pledge。

師が走る。
冬の匂いがして、漸く体が動き始めました。
 
「価値」という言葉を択んで、
その間を行き来する人の季節。
 
欲しいものを探して、
それでも、探しても探しきれない孤独に
時折押し潰されそうになるのが人の性。
 
かつての小指の温もりは
それが訪れたときにどう発揮されるのか。
 
そこに人の魅力があるかと。
最近、ふとそう思うのです。
 

2007年11月14日

球根。

楽しいことを思い浮かべて眠るより、
哀しい数だけ指を折って数えてる方が解りやすいだろう?
 
確かにそうかもしれない。
  
でもそんなことばっかりしているから、
誰かが指先を切って出た血ぐらいのことでうろたえる。
 
誰がためにその血は通う。
 

2007年10月21日

つむぎ。

標識の数や種類だとか
ガードレールや電光掲示板を覚える。
 
待ちに待って、ようやく望んで手に入れた車と免許。
 
旅行雑誌で満足していてはいけない。
 
どこに行きたかったのか。
どこに行かなきゃならなかったのか。
 
忘れてしまうくらいなら、
靴紐を結ぶ感触を手の内にずっと持っていることだ。
 

2007年10月 9日

ギブス。

プロセスは大して重要じゃない。
 
例えそれに意味はなくとも、物事は結果でしかない。
それはもっと重要じゃない。
 
「仕様がない」と「試用がない」の違いを見つけられたら、
自分の命を狙う死神ですら愛しく思える。
 
この世で一緒に生きることには罪も、罰もないんだよ。
 
無理をするために、無理をしないように。
 

2007年8月28日

素顔。

弾ける よりも。

溢れる でもなく。

こぼれる。

そうやって、人は素敵になる。

食み出したときが、一番好き。
 

2007年8月17日

思い遣り。

花の色を知りたければ、その花になったらいい。

枯れ逝く生けるものには、そう接してやるのが礼儀。

2007年8月 8日

道徳。

約束は、不確かなものを人が束ねたいと目にしるし

目標は、その導を辿る人のことわりを忘れぬよう

理想は、夢現の意味を確かなものにするため

夢は、そんな人の愚かさゆえに契りを結ぶ


文字に学ぶことは多いけれど、
読めなければ食われる。

一枚の液晶よりも、
一片の紙の方が篤い。
 

2007年7月25日

七夕から牡丹餅。

Too Fast To Live
 

Too Young To Die
 

I Never Came Yet

    NEVER

2007年7月24日

かなしい。

「かなしい」という言葉を掬って
 
幾つ思い浮かぶかで人の心の重みは変わると思うのです。
 

2007年6月19日

汽笛。

それが合図だったとしたら、
神様は目を逸らして笑ってくれるだろうか。
 
知らなくて良い。
 
そんな幸せも、不幸せも道連れに。
 
その扉の開く音を夢の中でさえ待ちわびている。
 
 

2007年6月10日

birth。

決して特別な日だと想ったことはないけれど
忘れずに仕舞っていてくれた事は特別だと想う。
 
ありがとう。
 
http://www.az-factoryweb.com/-06/newpage1.htm
 

2007年6月 2日

LIFE。

どうして生きているのかなんて、誰かを満足させる言い訳を考えるくらいなら、
本当にその人生の軸に置いていたものが何かを認めてやった方がいい。
 
哀しみや憎しみの類に打ちのめされる事よりも
涙に塗れて心の底で膿んでいくことの方がよっぽど恐ろしい。

自分の中でさえそれを許せないとしたら、こんな紛争や暴力の中、
一体どうして生きたいなんて想えるだろう。
 
華の咲いてる間は短い。
 
 

2007年5月30日

HANA。

散ることを畏れて咲くか
咲くことを誇って散るか
 

2007年5月13日

禁条。

悲しみの息の根を止めてやる。
もう二度と生き返る事の無い様に。

それが掟破りの裏技だとしても、
この耳は少々涙の落ちる音に敏感に成り過ぎたようだ。
 

2007年4月23日

布石。

人が幸せである時にすっと一本、
より幸せを伸ばせるものを、より感じられるものを、創りたい。
 
人が涙である時にすっと一本、
かつて幸せであったことを、より感じられるものを、創りたい。
 
この時代では主人公を名乗れる人間が主人公ですが、 
悪魔を気取ることよりも、天使を演じることのほうが難しい世の中です。
 
布で包んだ石は遠くへ投げました。
 

2007年4月17日

桜雨。

最近やたらと雨が降る。
 
春の雨は、今日は何処の誰が泣いているの。
それを伝えに来ている様で嫌いだ。冷たい。
 
「痛みを知る」事はきっと人生には必要の無い事かも知れないけれど、
「痛みを知れる」事とは180度全く違う。それはきっとどれ程年老いても変わらない。

この世は痛くなければ、誰もが傷付かずに済むんだ。
だけどこの世は、誰かを傷付けない奴が傷を追う。
 
ナイフ自身は傷付かないように出来ている。
 
僕は其処を離れたけれど、
決してあんた達を棄てたつもりはこれっぽちも無いんだよ。
 
筆も、腕も折ってない。
 
雨が止むまでは、傘を手放してはいないんだ。
  
Endingの少し手前で閉じないで。
  

2007年4月10日

素人。

子供の頃は、子供のために絵を描いた。

 

大人になって、今は大人のために絵を描いている。

 

今を生きる人間の為に未だ文化が在り続けるのだとしたら、

それは紛れも無く、この絵は僕等の子供のために在る。

 

だから此の世で売れることよりも、最強のど素人でありたいの。

 

微笑ってくれるなら、僕は何処でも絵を描くよ。

 

2007年4月 9日

悠。

いつもお手紙やメッセージを有り難う。
 
これだけ便利になった世の中だけれど、
どうにかして僕を見付けてくれて、感謝をするのは僕の方で。
  
忙しいのを何かの理由にはしたくはないけれど、
忙しくしているのが僕の仕事みたいなもので、毎日が勉強であると
最近漸く想えるのは、大切にして下さる方々のお蔭だと想っています。
 
此処でも、人で居続けたいと強く想います。
 
感謝。

 

2007年4月 1日

林檎と桜の花。

僕の代わりに夢の続きを見られるような
その口元の点と点が結ばれるような
 
そんな孤を引けるのなら、そこに今の僕の興味が在ります。
 
桃色の河が仮に塵の星に流れていても
霞む声が雲を飲み込んでしまっても
 
そこで孤を引けるのなら、そこに今の僕の興味が在ります。
 
其れをその夜教えてくれたんでしょう、きっと。
 

2007年3月31日

舞台。

無理は一週間続ければ無理じゃなくなるし、
 
睡眠時間は死んだあと幾らでも眠れるから頑張れる。
 
向上心を大切にすることよりも、
 
自分に飽きてしまったらお仕舞だと想うのです。
 

2007年3月30日

春。

奪われるものは躊躇なく、一瞬にして消えてしまうものなのに、
 
棄てなければならないものは、どうしてこう躊躇する時間が残酷なんだろう。と。
 
棄てられるものよりも、棄てるものの方が意外と人生、キツかったりする。
 
そんなことをふと想う季節。
 

2007年3月27日

五分咲き。

「行ってきます」を云わずに其処を離れてから半年。 
「おかえりなさい」を聞くことはもう二度と無いと半年。
 
解かってはいたけれどやはり此処では雪は降らず、
溶けてしまうものはもうしばらく見なくても済む様にと、春を待った筈だった。
 
日々降り積もったそこで見つけたそれは、散り初めでも、咲き初めでも
 
それは五分咲き。
 
日々降り積もって忘れられてしまっても、今年、去年、来年見つけたとしても
 
それは五分咲き。
 
そこにそれを感じられたのなら、花びらは大して重要な問題じゃない。 
 

道すがら。

自分の眼が見止めたモノは、ソレが潰れるくらい見詰めて居たい。
 

2007年3月24日

庭。

棘を抜く時間を惜しいと感じるのか。
柵に掛ける鍵を見つけるのが早いと感じるのか。
 
庭からの景色はどちらも変わらないと想いませんか。
その土に根付くのは、その足も同じ。
 

2007年3月21日

INFINITY。

何者に成りたいかよりも、
何者で在りたいかを煙に乗せろ。
 
言葉を知らないよりも、
言葉の使い方で悩む時間を刻め。
 
何処に行きたいのかよりも、
何処へどう行くかの足を鍛えろ。
 
似た物こそ、そこで見分けが付けられるレンズを創りたいだけ。
  

2007年3月17日

再生。

>MASATO KOIZUMI        此の世が幸せで、騙す事も知らず、男も女も無いのなら、
僕は絵なんか描いてなかったろう。
 
あんたが幸せで、隣の奴が笑っていてくれたら、
誰も僕の絵なんか見やしなかっただろう。
 
ただそれでも沈黙を破ったのは、
どうしようもなく描きたかったから。描き足りなかったから。
 
まだまだ好い物が創れるのが判ったから。
 
右腕の回る範囲が少し大きくなったから。
 
ただいまを言えるのならば、言わせて下さい。 
 
「ただいま。」  

RSSリーダーにご登録ください

Category Archives

Archives

Recent Entries

  1. One week passed。2011:03:17:22:35:44
  2. 静観。2011:01:25:20:47:30
  3. re:re:re。2011:01:02:15:28:54
  4. divergence memo。2010:11:23:21:05:28
  5. supernova。2010:11:07:11:39:13
  6. 刀と鞘。2010:10:28:01:18:34
  7. rhythm。2010:10:27:02:02:25
  8. triangle。2010:09:26:00:42:56
  9. 片腕のセカイ。2010:05:31:04:03:21
  10. Who's love sharing?2010:05:30:03:42:48
ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ
My Profile by iddy ブックマークに追加する
ランキング レビューを書く
track feed BS blog Ranking
HANAMUKE コミュニティーに参加

   

Search