2008年5月28日
間引き。
そこそこ大きくなったら、
選択肢を削ればその分人生の栄養は行き渡る。
が、ハサミの使い方によっちゃあ、根茎さえ切れてしまうよ。
大きな実を結ぶために、お前のハサミは何を間引く。
大きな実を結んだとき、お前をその残った茎は支えられるか。
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- by MASATO KOIZUMI
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2008年5月28日
そこそこ大きくなったら、
選択肢を削ればその分人生の栄養は行き渡る。
が、ハサミの使い方によっちゃあ、根茎さえ切れてしまうよ。
大きな実を結ぶために、お前のハサミは何を間引く。
大きな実を結んだとき、お前をその残った茎は支えられるか。
2008年5月26日
幸せの定義。「やりたいことをやる」
食べたいものを食べ、着たいものは着る。
行きたい所へは行き、話したい者と話す。
適わないのならイメージする。
求めるばかりでイメージにさえ拒まれるのなら
与える側に立ってみる。その手を引いた其れに。
周りが見えていない時に闇雲に突っ走るのは
唯の空気読めない奴になりますが、
夢っていうのは、我慢とか忍耐とか
実はそんな要素は何にも含んじゃ居ない。
要は自分の欲望に我侭になった先に
からまった足枷に気付けるかどうか。
苦しさに吐きそうで諦めかけたその時に
確かに流れたその時間が素敵に流れていたということを
感じられる人間で居られるかどうかで決まる。
最近やりたいこと、やれてますか。
2008年5月24日
余りに忙しくって書店に買いには出られないから、
ネットで注文してようやく手に入った単行本。
「センネン画報」
今日マチ子サン(こっちはblog)
人って一日に憶えられる事の方が多いのか、
一日に忘れる事の方が多いのか、
ふと、そんなことを考えさせられる作品だと思います。
漫画というには勿体無いですが、
映画の様に気負わずに見られる作品かなぁと。
活字の本が好きな方にはオススメ。
リンクでも紹介していますが、
毎日blogで作品を作り続けては公開している、
そんな著者サンの謙虚な御姿勢を見習いたいものです。。。
2008年5月20日
静かな粒の大きい雨。東京。
無くした想い出を懐かしむ人や時間を追う人。
逆に記憶を全く消せない病に苦しむ人も世に居る事を知った。
その人は、憂鬱な雨に流した過去も、
何度と無くそれを流した川下に心が立ち止まるのだろう。
それを想うと、少し哀しくなった。
今は覚えていないことが人の幸せか。
いや、きっと何も無かった筈ではなくて、貴方も、僕も。
知り得て居なかっただけ筈の時間。
それが幸せであったかどうかが重要ではなくて、
またその耳が雨音を拾えたときに、
その音が幸せであったかどうか問える心に意味が或る。
今は、其れでいいと。
2008年5月18日
贋物を掴まされる位だったら、
誰かに差し出されるものに依存しなければいい。
贋物を掴むくらいだったら、
その腕を一生使う事無く終えたらいい。
それで満足出来るのなら、本物は必要無い。
選ばれたものが、そいつに似合う人生を送れるかは、
それとはまた別の話ではあるけれど。
2008年5月15日
誰かに何かを伝えたくてたまらないときには
その手段は必ず身の回りのどこかに与えられている。
雨が降っていても、雲の上には空があり、太陽があり、
天気予報に頼らなくても、明日は晴れることを人は知っている。
仮に大切な今日が雨でも、その頭痛の種が、
何処かの種に命を与えられている事を
人は感じられるアンテナまで持っている。
その言葉は、ちゃんと僕に届いている。
だからもう少しの間、雲の上の太陽を信じていて。
2008年5月12日
幼いときに知った、
初めて自転車に乗れた時の様な感覚。
久々に描けている。
指の隙間から溢れるくらいの力が揺らいでる。
誰かに見せたくて、見てもらえた幼い記憶と距離感。
その記憶の距離を紡いで、幸せで、愛しくて。
僕に描くことを教えてくれた人たちはもう居ないけれど、
自分の大好きな人が好きなものを
自分も好きになりたくなるような。
今、その気持ちが指先に宿っている。
何でも、何処までも描ける。
2008年5月11日
先日一連の新作を公開して、
色々と感想を頂いてはいたのですが
「何か良い事が有りましたか?」とのお言葉がひとつ。
特別に普段の生活に変化は無いのですが、
意図したものが描ける様になっているのかなと嬉しく想いました。
強いて云うのなら、
何も無いところから線を描き始める場所と、
誰かが誰かの為に費やせる心のスペースは、
何処となく似ているものだなと感銘した出来事が幾つかあったからで。
「無防備」という言葉では少し単純で、「自由」という言葉では拙い、
そんな人の優しさの心の理に
漸く触れられるようになったのかもしれません。
2008年5月10日
悪戯に手を伸ばせばかぶれる指先ですら、
愛しく想えるのは人であるが故の過ちか。
一本を切り取って持ち帰る者。
手を取って花畑に連れて行く者。
どちらにも笑顔を疑う必要は始めから無かった。
花は、唯、その言葉が聞きたかった。